盧仝
読み ろどう現地音 ルートン拼音 Lú Tóng中国語 卢仝別名 卢仝、七碗茶、七碗茶歌、七碗茶詩、走筆謝孟諫議寄新茶、茶仙、玉川子
唐代の詩人(795年ごろ〜835年)。友人から新茶を贈られて詠んだ詩『走筆謝孟諫議寄新茶』の中の、一碗目から七碗目までの茶の効きを述べた「七碗茶」の一節で知られ、陸羽の茶聖に対して茶仙と呼ばれる。茶館の掛け軸や茶の文章に最もよく引かれる詩で、日本の茶の湯でも親しまれた。
唐代の詩人で、号を玉川子と言います。河南の済源の人で、官に就かず清貧の暮らしを送り、韓愈と親交がありました。835年の甘露の変に巻き込まれて殺されたと伝えられます。茶の歴史では、友人の孟簡から新茶を贈られて詠んだ長詩『走筆謝孟諫議寄新茶』の作者として知られ、陸羽の茶聖に対して茶仙と呼ばれます。
七碗茶
この詩の中ほどに、茶を一碗ずつ飲み進めたときの効きを述べた一節があり、「七碗茶」「七碗茶歌」の名で独立して親しまれています。一碗目は喉を潤し、二碗目は孤独な悶えを破り、三碗目は枯れた腸を探って五千巻の文字を呼び起こし、四碗目は軽く汗を出して平生の不平を毛穴から散らし、五碗目は肌骨を清め、六碗目は仙霊に通じ、七碗目は飲むまでもなく両脇に清風が生じるのを覚える、という内容です。茶が体と心に働く様子を段階的に描いた表現は、後世の茶の文章の型になり、[chaqi]を語るときにも引かれます。
詩の全体
詩はこの一節だけではありません。前半は贈られた茶が皇帝に献上される前に摘まれた新芽で、封を切ったときの喜びを述べ、自ら門を閉ざして茶を煎じる様子を描きます。七碗の一節のあと、後半では蓬莱山の仙人を訪ねる幻想に転じ、最後に高い山の上で茶を摘む民の苦しみを思い、為政者に問いかけて終わります。茶の楽しみと、それを支える人々への目配りが一つの詩に収められている点が、この詩が長く読まれてきた理由です。
日本との関係
七碗茶の詩は日本の茶の湯でも早くから知られ、茶室の掛け軸や茶道具の銘に「清風」「両腋」などの言葉が使われます。中国の茶館では壁に七碗茶を掲げる店が多く、茶を語る文章で最も引用される詩と言えます。
関連用語
参考リンク
- 維基文庫: 走筆謝孟諫議寄新茶(盧仝) — 詩の原文
- 中国哲学書電子化計画: 茶經(陸羽) — 同時代の茶書(関連資料)