中国茶辞典中国茶・台湾茶の用語とコラム

陸羽(りくう)

読み りくう現地音 ルーユー拼音 Lù Yǔ中国語 陆羽別名 陆羽、茶聖、茶聖陸羽、鴻漸、茶神、陸鴻漸

唐代(8世紀)の人で、世界最初の茶の専門書『茶経』を著した。湖北の竟陵(現在の天門)の生まれで、茶の栽培・製法・道具・淹れ方・産地を体系的にまとめ、茶を文化として位置づけた。後世に茶聖と呼ばれ、茶商が像を祀る茶神にもなった。

唐代の人(733年ごろ〜804年ごろ)で、世界で最初の茶の専門書『茶経(ちゃきょう)』を著しました。湖北(こほく)竟陵(きょうりょう)(現在の天門市)で捨て子として寺に拾われて育ち、後に寺を出て文人と交わり、各地の茶と水を訪ねて『茶経(ちゃきょう)』をまとめたと伝えられます。字は鴻漸で、宋代以降は茶聖と呼ばれ、茶商や茶館が像を祀る茶神にもなりました。

何をした人か

陸羽以前にも茶は飲まれていましたが、薬や食べ物に近い扱いで、茶だけを体系的に書いた本はありませんでした。『茶経』は茶の起源、道具、製法、淹れ方、飲み方、歴史、産地を三巻十章にまとめ、茶を独立した文化として位置づけました。水の良し悪しを論じ、産地の優劣を評価し、道具に美意識を求める姿勢は、その後の中国と日本の茶文化の出発点になっています。

伝説と史実

陸羽の生涯は自伝とされる『陸文学自伝』や『新唐書』の伝に記されますが、水の味を利き分けた逸話など後世の伝説も多く混じります。各地の名泉に「陸羽が評価した」という話が付いているのはその例で、史料で確かめられるものは限られます。湖北の天門、浙江の湖州(こしゅう)(晩年を過ごし、茶経を書いたとされる)には陸羽を記念する施設があります。

いまの中国茶と陸羽

『茶経』が記す唐代の茶は固形の団茶を炙って砕き煮る飲み方で、いまの散茶(さんちゃ)を湯に浸す飲み方とは大きく違います。それでも茶の産地や水を論じる語り口、茶を精神性と結びつける考え方は、現代の茶芸や茶書に受け継がれています。

関連用語

関連する茶葉

この用語が出てくるページ

参考リンク