中国茶辞典中国茶・台湾茶の用語とコラム

呉理真(ごりしん)

読み ごりしん現地音 ウーリージェン拼音 Wú Lǐzhēn中国語 吴理真 / 吳理真別名 吴理真、茶祖、植茶始祖、甘露祖師、蒙頂山、皇茶園、甘露大師

前漢の時代に四川の蒙頂山に茶を植えたと伝えられる人物。記録に残る最初の茶の栽培者として「植茶始祖」と呼ばれ、蒙頂山には七株の茶を植えた皇茶園と祠がある。宋代に甘露大師の名を贈られたとされるが、史料は後世のもので、伝承として語られる。

前漢の時代(紀元前1世紀ごろ)に、四川(しせん)の蒙頂山に茶を植えたと伝えられる人物です。伝承では、蒙頂山の頂上に七株の茶を植え、それが蒙頂茶の始まりになったとされ、記録に残る最初の茶の栽培者として「植茶始祖(しょくちゃしそ)」「茶祖(ちゃそ)」と呼ばれます。神農(しんのう)が茶を「飲んだ」始まりの伝説なら、呉理真は茶を「植えた」始まりの伝説の人物です。

伝承と史料

呉理真の名前が見える史料は宋代以降のもので、南宋(なんそう)孝宗(こうそう)甘露普慧妙済大師(かんろふえみょうさいだいし)の号を贈ったという話とともに語られます。前漢の人物とする根拠は後世の地方志や碑文で、同時代の記録はありません。蒙頂山が唐代から[gongcha]の産地だったことは史料で確かめられますが、呉理真の物語はそれを遡って産地の歴史を長くする語りとして育ったもの、というのが慎重な見方です。産地が語る歴史ほど注意して読む、という姿勢はここでも役立ちます。

蒙頂山の呉理真

雅安(があん)の蒙頂山には、呉理真が七株を植えたとされる「皇茶園(こうちゃえん)」が石の囲いとともに残り、呉理真を祀る天蓋寺(てんがいじ)甘露井(かんろせい)、像が整備されています。毎年春には茶祖を祀る祭礼が行われ、蒙頂山を「世界の茶の源」とする観光の看板になっています。[teas:mengdingganlu]の「甘露」も呉理真の号に結び付けて説明されますが、こちらは製茶の名前として後から重ねられたものです。

位置づけ

呉理真は史実の人物というより、四川が中国で最も早い茶の産地のひとつであることを象徴する存在として覚えておくのがよい人物です。茶の栽培の起源が西南中国にあること自体は植物学からも支持されており、その象徴として蒙頂山が選ばれた、と理解すると産地の話と歴史の話を分けて読めます。

関連用語

関連する茶葉

参考リンク