歴史・人物・文献
- 栄西と喫茶養生記えいさいときっさようじょうき — 鎌倉時代の禅僧(1141〜1215年)。宋に二度渡って臨済禅を学び、帰国後に茶の種と宋代の飲み方を広めたことから日本の茶祖と呼ばれる。1211年に著した『喫茶養生記』は日本最古の茶の専門書で、茶を養生の仙薬と位置づけ、宋で見た茶の効能、製法、飲み方を記す。日本茶と中国茶の歴史をつなぐ人物。
- 号級・印級・七子餅ごうきゅう・いんきゅう・しちしへい — 普洱茶の老茶を年代で区分する呼び方。清末から1950年代までに私営の茶荘が「〜号」の名で作った茶が号級、1950〜70年代に国営の中国茶葉公司が「茶」の字を色付きで印刷した包み紙で出した茶が印級、1972年以降に雲南省茶葉公司が七枚一組で出した餅茶が七子餅茶。骨董品のように取引され、真贋の問題が絶えない。
- 貢茶こうちゃ — 皇帝や朝廷に献上された茶。唐代の顧渚紫笋、宋代の建州の龍鳳団茶、明清の西湖龍井など、各時代に貢茶とされた茶があり、蒙頂茶や君山銀針も貢茶の歴史を持つ。産地が誇る肩書きだが、市場では「貢」の字が等級名や宣伝文句として広く使われるので、史実と区別して読む必要がある。
- 呉理真ごりしん — 前漢の時代に四川の蒙頂山に茶を植えたと伝えられる人物。記録に残る最初の茶の栽培者として「植茶始祖」と呼ばれ、蒙頂山には七株の茶を植えた皇茶園と祠がある。宋代に甘露大師の名を贈られたとされるが、史料は後世のもので、伝承として語られる。
- 蔡襄と茶録さいじょうとちゃろく — 蔡襄は北宋の書家・政治家で、福建の転運使として北苑の貢茶を監督し、小龍団を作らせた人物。皇祐年間(1049〜1053年)に著した『茶録』は上篇で茶の色・香・味と保存、炙り方、碾き方、湯の見極め、点茶を、下篇で茶焙、茶碾、茶盞、茶匙、湯瓶などの道具を論じた、宋代の点茶の様子を伝える短い茶書。
- 神農しんのう — 中国の伝説上の帝王で、農業と医薬の祖とされる。百草を嘗めて薬効を調べ、毒に当たったときに茶の葉で解毒したという伝承から、茶を最初に飲んだ人物とされる。陸羽の茶経が「茶を飲むことは神農氏に始まる」と記したことで茶祖として定着したが、史実ではなく伝承。
- 正山堂せいざんどう — 福建省武夷山桐木で正山小種を作り続けてきた江氏の茶業会社と、その高級紅茶ブランド。2005年に金駿眉を生み出し、その製法を「駿眉製法」として標準化して、2010年以降は河南や貴州など他省の産地と組んで各地の茶葉で作る駿眉系の紅茶を展開している。
- 大観茶論たいかんちゃろん — 北宋の皇帝徽宗が大観元年(1107年)ごろに著した茶の書。皇帝自身が書いた唯一の茶書で、産地、製法、鑑別、道具、点茶の方法など20篇からなる。宋代の団茶を粉にして湯を注ぎ茶筅で泡立てる点茶の作法を詳しく記し、日本の抹茶の源流を知る史料でもある。
- 団茶だんちゃ — 蒸した茶葉を搗いて型に入れ、固めて乾かした固形の茶。唐代は餅茶、宋代は龍や鳳凰の型を押した龍鳳団茶が貢茶となり、炙って粉にして煮たり点てたりして飲んだ。明の洪武帝が1391年に団茶の献上を廃止して散茶が主流になり、固形茶は普洱茶や黒茶の緊圧茶として残った。
- 茶経ちゃきょう — 唐代の陸羽が760年ごろに著した、世界最古の茶の専門書。上中下三巻十章で、茶の起源と性質、道具、製法、淹れ方の道具、煮方、飲み方、歴史、産地、略式、図解を扱う。唐代の固形茶を煮る飲み方を伝え、茶を文化として体系化した本として後世の茶書の手本になった。
- 茶疏ちゃそ — 明の許次紓(1549〜1604年)が万暦25年(1597年)に著した茶書。団茶が廃れて散茶を釜で炒り、湯に浸して飲む時代の茶を、産地、摘採、釜炒りの製法、保存、水、湯の沸かし方、茶葉と湯の量、飲む時と場所まで三十余りの項目で記す。いまの緑茶の飲み方に最も近い古典で、陸羽の茶経を補うものと評された。
- 茶馬古道ちゃばこどう — 雲南や四川の茶をチベットや東南アジアへ馬で運んだ交易路の総称。唐代からの茶馬交易(茶と馬の交換)に由来し、普洱茶の緊圧や熟成はこの長い輸送と結びついて生まれた。「茶馬古道」という名称は1990年に雲南の研究者が付けたもので、いまは文化遺産と観光の看板になっている。
- 張天福ちょうてんぷく — 福建の茶学者(1910〜2017年)。1935年に福安に福建初の茶業の学校と試験場を作り、1941年に中国初の揉捻機を作った。福建省農業科学院茶葉研究所の顧問として烏龍茶の品質向上と審評の教育に力を注ぎ、「倹・清・和・静」の中国茶礼を提唱した。108歳で没し、茶界の泰斗と呼ばれる。
- 万里茶道ばんりちゃどう — 17〜20世紀初めに、福建武夷山や湖南、湖北の茶を陸路でロシアへ運んだ交易路。山西商人(晋商)が茶を集め、漢口から北上して張家口、モンゴルを経て中露国境の恰克図(キャフタ)でロシア商人に売り、シベリア経由でモスクワまで届いた。全長1万3000キロに及び、2019年に中国の世界遺産暫定リストに入った。
- 陸羽りくう — 唐代(8世紀)の人で、世界最初の茶の専門書『茶経』を著した。湖北の竟陵(現在の天門)の生まれで、茶の栽培・製法・道具・淹れ方・産地を体系的にまとめ、茶を文化として位置づけた。後世に茶聖と呼ばれ、茶商が像を祀る茶神にもなった。
- 盧仝ろどう — 唐代の詩人(795年ごろ〜835年)。友人から新茶を贈られて詠んだ詩『走筆謝孟諫議寄新茶』の中の、一碗目から七碗目までの茶の効きを述べた「七碗茶」の一節で知られ、陸羽の茶聖に対して茶仙と呼ばれる。茶館の掛け軸や茶の文章に最もよく引かれる詩で、日本の茶の湯でも親しまれた。