中国茶辞典中国茶・台湾茶の用語とコラム

茶馬古道(ちゃばこどう)

読み ちゃばこどう現地音 チャーマーグーダオ拼音 Chámǎ Gǔdào中国語 茶马古道別名 茶马古道、Tea Horse Road、茶馬交易、茶馬互市、馬幇、馬帮

雲南や四川の茶をチベットや東南アジアへ馬で運んだ交易路の総称。唐代からの茶馬交易(茶と馬の交換)に由来し、普洱茶の緊圧や熟成はこの長い輸送と結びついて生まれた。「茶馬古道」という名称は1990年に雲南の研究者が付けたもので、いまは文化遺産と観光の看板になっている。

雲南や四川(しせん)の茶を、馬やラバの隊商(馬幇(ばほう))がチベット、さらにネパールやインド、東南アジアへ運んだ交易路の総称です。主な路線は雲南の普洱(ぷーある)易武(いぶ)から大理(だいり)、麗江を経てチベットのラサへ向かう滇蔵道(てんぞうどう)と、四川の雅安(があん)からカムを経てラサへ向かう川蔵道(せんぞうどう)で、そこから東南アジアや南アジアへの枝道が広がっていました。

茶と馬の交易

唐代以降、中原の王朝は軍馬を必要とし、チベットや西北の遊牧民は肉や乳製品の多い食生活を補う茶を必要としました。茶と馬を交換する茶馬交易(茶馬互市)が宋代には国家の制度になり、明代まで続きます。運ばれた茶は雅安の蔵茶(ぞうちゃ)や雲南の普洱茶(ぷーあるちゃ)で、長い輸送に耐えるよう固く圧した団茶(だんちゃ)磚茶(せんちゃ)の形になりました。

普洱茶との関係

馬の背で数か月から一年かけて運ばれる間に、茶は湿気と温度で自然に熟成し、味がまろやかになりました。普洱茶の[chenxiang]と熟成の文化はこの輸送の副産物で、1970年代に開発された熟茶(じゅくちゃ)の渥堆は、この変化を短期間で再現しようとしたものです。清代の普洱府や易武の茶荘は、この交易で栄えました。

名前は新しい

「茶馬古道」という名称は古くからあったものではなく、1990年に雲南大学の木霁弘(ぼくせいこう)らの研究者が滇蔵の古道を踏査し、1992年に出版した本で名付けたものです。それ以降、雲南・四川・チベットの文化遺産と観光の看板になり、麗江や沙渓など古道沿いの町が整備されました。歴史の交易路そのものは古いものの、この名前で語られる物語は比較的新しい、という点は覚えておくと読み解きやすくなります。

関連用語

関連する茶葉

この用語が出てくるページ

関連商品

Amazon のアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

参考リンク