中国茶辞典中国茶・台湾茶の用語とコラム

用語辞典 › 製法

乳酸発酵(にゅうさんはっこう)

読み にゅうさんはっこう現地音 ルースアンファージャオ拼音 rǔsuān fājiào中国語 乳酸发酵 / 乳酸發酵別名 乳酸菌発酵、嫌気発酵、嫌気的発酵、厭氧発酵、厌氧发酵、無氧発酵、无氧发酵、漬け込み、漬け込み発酵、酸茶、後発酵茶、lactic acid fermentation、anaerobic fermentation

殺青(さっせい)で酵素の働きを止めた茶葉を、竹筒や桶に詰めて空気を断ち、乳酸菌の働きで発酵させる工程です。漬物、ヨーグルト、なれずしと同じ種類の発酵で、茶の世界では雲南省(うんなんしょう)の少数民族から東南アジア北部、そして日本の四国にかけて点々と残っています。中国茶の発酵(はっこう)を「酵素による酸化」と「微生物による発酵」に分けるなら後者にあたりますが、黒茶(こくちゃ)の渥堆(あくたい)とは働く微生物も条件も違います。

仕組み

乳酸菌は酸素のない環境で糖を分解して乳酸を作る細菌です。茶葉を隙間なく詰めて口を封じたり、重石をかけて水に沈めたりすると、内部の酸素がなくなってカビや酵母は増えにくくなり、乳酸菌だけが優勢になります。乳酸が溜まると内部が酸性になり、腐敗菌が抑えられて長く保存できるようになります。酸茶やミアンが「食べる茶」として何か月も保ったのは、この保存性のためです。

茶葉の側では、渋みのもとになるカテキンやタンニンが減り、有機酸が増えて酸味が出ます。阿波晩茶から分離された菌株のようにアミノ酸の一種 GABA を多く作るものもあります。夏から秋の成長した硬い葉を使う茶が多いのは、若芽よりも糖が多く、乳酸菌の栄養になりやすいためだと説明されます。

働いている菌の顔ぶれは、各地の茶で調べられてきました。

茶主に見つかった乳酸菌
ミアン(タイ北部)Lactiplantibacillus pentosus が分離株の約75%。ほかに L. plantarum、Levilactobacillus brevis など
ラペソー(ミャンマー)Lactobacillus 属と Acetobacter 属が多く、Lactobacillus plantarum が優勢。酵母も共存
阿波晩茶(徳島)Lactiplantibacillus pentosus、Levilactobacillus brevis
酸茶(雲南)Lactobacillus、Pediococcus、Leuconostoc、Lactococcus の各属

Lactiplantibacillus plantarum や L. pentosus は野菜の漬物やザワークラウトでも中心になる菌で、タンニンの多い茶葉の中でも育つ耐性を持っています。産地が離れていても似た菌が働いているのは、「殺青した葉を密閉して漬ける」という条件そのものがこれらの菌を選び出すからです。

渥堆との違い

黒茶の渥堆も微生物による発酵ですが、仕組みは対照的です。

乳酸発酵渥堆(あくたい)
主役の微生物乳酸菌(細菌)麹カビなどの糸状菌、酵母
酸素断つ(嫌気的)必要(好気的)。堆を切り返して空気を入れる
容器・場所竹筒、桶、樽。土に埋める、重石をかける床に山積みにして布をかける
期間数週間から数か月数十日
味の方向酸味、渋みの減少まろやかさ、陳香、赤褐色の水色
例酸茶、ミアン、ラペソー、阿波晩茶普洱熟茶、六堡茶、蔵茶

発花・金花(はっか・きんか)を咲かせる茯磚茶のようにカビを積極的に育てる黒茶とは、目指す方向が逆と言ってもよいでしょう。黄茶の悶黄(もんおう)は微生物が関与しない湿熱の変化で、どちらとも別物です。

どこで作られているか

乳酸発酵させる茶は、雲南から東南アジア北部にかけての山地と、日本の四国に集まっています。

茶地域作り方の要点用途
酸茶(さんちゃ)雲南省徳宏州(徳昴族)、西双版納(布朗族)蒸して揉み、竹筒に詰めて土中に埋める。1か月半から数か月食べる(湿茶)、飲む(干茶)
ミアンタイ北部蒸した葉を束ねて漬け込む。短期(1〜4週間)と長期(3か月〜1年)がある噛んで食べる
ラペソーミャンマー茹でて揉み、竹筒や穴に詰めて数か月茶葉のサラダとして食べる
阿波晩茶徳島県上勝町、那賀町、美波町7〜8月に成長した葉を大釜で茹で、摺ってから桶に漬け込み、天日に干す飲む
碁石茶高知県大豊町蒸した葉にまず1週間ほどカビを付け、桶に漬け込んで2週間ほど乳酸発酵させ、3cm角に切って天日に干す飲む、茶粥
石鎚黒茶愛媛県西条市碁石茶と同じくカビ付けのあと漬け込む二段発酵飲む

阿波晩茶は乳酸発酵だけで作る茶で、製造技術は2021年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。碁石茶と石鎚黒茶はカビによる好気的な発酵のあとに乳酸発酵を重ねる「二段発酵」で、この作り方は世界でも珍しいとされます。両者は2018年に「四国山地の発酵茶の製造技術」として記録作成の対象になりました。富山のバタバタ茶(ばたばたちゃ)も後発酵茶ですが、こちらはカビ付けだけで乳酸発酵はしません。

分類の中での位置

国家標準の茶葉分類(GB/T 30766)が定める六大茶類には、乳酸発酵で作る茶の区分がありません。日本では碁石茶や阿波晩茶を、微生物で発酵させる茶という意味で「後発酵茶」と呼び、黒茶の仲間として扱うことが多いです。ただし黒茶の定義にある渥堆はカビの発酵なので、同じ「後発酵」でも中身は違います。中国では2022年のユネスコ無形文化遺産「中国伝統制茶技芸とその関連習俗」で、徳昴族酸茶の製作技芸が緑茶や黒茶と並ぶ独立の項目として扱われました。

起源をめぐる話

雲南から四国まで似た茶が点在することについて、農林水産省の伝統食図鑑は碁石茶のルーツを雲南の布朗族の酸茶と推定しています。日本の文化人類学では、雲南を中心にヒマラヤ南麓から西日本まで広がる常緑広葉樹林帯に、麹の酒や納豆、餅、茶といった共通の食文化を見る照葉樹林(しょうようじゅりん)文化論が1970年代から唱えられ、「食べる茶」もその要素のひとつに挙げられてきました。伝承では、碁石茶の製法は室町時代に瀬戸内の海の民が伝えたともいいます。ただし製法がどの経路で伝わったかを示す史料はなく、殺青した葉を密閉して漬ければどこでも同じ菌が働くため、それぞれの土地で独立に生まれた可能性も否定できません。似ている事実と、つながっている証拠は分けて考える必要があります。

関連用語

関連する茶葉

参考リンク