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中国茶をいただくときの作法

茶杯のそばで、二本の指を卓上に添える手元を描いた挿絵

中国茶の席には、日本の茶道のような厳密な作法はありません。ただ、本や教室では「注いでもらったら指で卓を叩く」「一杯は三口で飲む」といった決まりを教わります。ところが東京の中国茶館で、隣の卓の客が指で卓を叩いているのを見ることはまずありません。教わった作法と、実際の席で見る光景には、かなりの開きがあります。

この記事では、よく教わる作法を客の側と主人の側に分けてまとめ、それぞれについて「どこでは本当にやっていて、どこではやっていないか」を添えます。

作法には二つの出どころがある

先に種明かしをしておくと、中国茶の作法として一括りに教わるものは、出どころが大きく二つに分かれます。

一つは、広東と潮汕(ちょうさん)(潮州・汕頭)の飲茶や家庭の茶卓で、誰が決めたわけでもなく育った習慣です。指で卓を叩く、七分目まで注ぐ、注ぎ口を人に向けない、新しい客が来たら茶葉を替える。これらは潮汕では「酒満敬人(しゅまんけいじん)、茶満欺人(ちゃまんぎじん)」「新客換茶(しんきゃくかんちゃ)」のような七字の俚語になっていて、子どもが親から覚えるものです。

もう一つは、1970年代後半から80年代の台湾で整えられた「茶藝(ちゃげい)」の作法です。輸出が落ち込んだ台湾茶を国内で売るために、台北に茶藝館が次々に開き、日本の茶道と区別して「茶藝」という語が作られました。この時期に茶海(ちゃかい)、聞香杯(もんこうはい)、茶荷(ちゃか)といった道具が考案され、茶葉を客に見せる、聞香杯で香りを嗅ぐ、といった一連の所作が席の手順として固まります。1999年に中国大陸で「茶藝師」が国家職業になると、この台湾式の手順が教材に取り込まれ、「三龍護鼎(さんりゅうごてい)」のような名前が付いて、茶藝の表演や検定の項目になりました。

つまり、前者は地域の生活習慣で、その地域を離れると通じません。後者は40〜50年前に作られた新しい作法で、教室と茶藝館の中では通じますが、教室の外に出ると誰もやっていないことがあります。日本で教わる中国茶の作法は、この二つが混ざったものです。

客がすること

注いでもらったら指で卓を叩く

主人が自分の杯に注いでくれたら、人差し指と中指を揃えて、杯の手前の卓を二、三回軽く叩きます。叩手礼(こうしゅれい)と呼ぶ作法で、「ありがとう」の代わりです。工夫茶(こうふちゃ)では主人が何煎も注ぎ足すので、言葉で礼を言うより会話を止めません。乾隆帝が身分を隠して従者に茶を注ぎ、従者が跪く代わりに指で卓を叩いたという伝説で説明されますが、史料上の裏付けはなく、唐宋の宴席で歌に合わせて拍子を取った「撃節(げきせつ)」の名残という説もあります。指の本数を相手で変える説明もありますが、二本で軽く叩けば失礼にはなりません。

実際にやっているのは広東、香港、マカオ、東南アジアの華人の飲茶の席で、香港の茶樓では注いでもらうたびに卓のあちこちから指の音がします。もともと南方の習慣で北方では粗野と見られていて、北京や上海で見るようになったのは茶藝の普及で「作法」として教えられてからです。台湾でも香港式の茶樓の習慣として紹介される程度です。

杯は三口で飲む

品茗杯はひと口で飲める大きさですが、一口目で口を潤し、二口目で味を確かめ、三口目で余韻を味わう、と三口に分けるのが作法とされます。「品」の字が「口」を三つ重ねることに結び付けて語られますが、『説文解字』では「品」は多くの人を表す字で、三口との関係は後付けの語呂合わせです。ただ、唐の詩僧皎然(こうねん)が「一飲、再飲、三飲」と詠んだように、三度に分けて味わう考え方自体は古くからあります。

茶藝の解説には必ず出てきますが、教室の外で口数を数えている人はいません。潮州の人は熱いうちに一口か二口で空けます。どの席でも通じるのは「熱いうちに飲み切って杯を戻す」の一点です。

杯の持ち方

親指と人差し指で杯の口の下を持ち、中指を底に添えます。茶藝ではこれを「三龍護鼎」と呼びます。小指は立てず、熱ければ杯托ごと持ち上げてかまいません。杯の縁を持たないのは、口を付ける場所だからです。

「三龍護鼎」は大陸の茶藝師の教材と茶藝表演の用語で、日常の茶席でこの名前を口にする人はいません。広東や潮汕では熱くない持ち方なら何でもよく、指の形まで決まってはいません。

杯は元の位置に戻す

飲み終わった杯は、主人が注ぎやすいように元の位置か杯托に戻します。手に持ったままだと主人は注ぐべきか迷います。茶が半分残っている杯は「まだいい」の合図で、もう飲みたくないときは杯を空けずに残しておくか、言葉で伝えます。

これは出どころを問わず、どこの席でも通じます。潮汕には「響杯擦盤(きょうはいさつばん)」、杯を鳴らして置いたり杯托に擦ったりするのは主人を押しのける振る舞い、という俚語があり、香港の飲茶では急須の蓋をずらして置くと「湯を足してほしい」の合図になります。

茶葉を見せられたら

淹れる前に茶荷(ちゃか)に載せた茶葉を回されたら、両手で受け取り、葉の姿を眺め、香りを嗅いで隣に回します。茶葉に触らない、息を吹きかけないのが決まりで、感想を求められたらひと言で十分です。

台湾の茶藝館で整えられた「賞茶(しょうちゃ)」の手順で、茶荷という道具も考案されました。台湾の茶藝館と茶商の店先、大陸の茶藝表演、日本の教室ではほぼ必ずやりますが、広東の飲茶や潮州の家庭には茶荷がなく、回ってきません。

香りを嗅ぐ

聞香杯(もんこうはい)を出されたら、茶を品茗杯に移してから、空になった聞香杯の香りを嗅ぎます。蓋碗(がいわん)の蓋を「どうぞ」と渡されたら、蓋の裏の香りを嗅いで返します。蓋は湯気で熱いので縁を持ちます。

聞香杯は1980年代の台湾で発明された道具で、日本の教室ではよく出てきますが、台湾でも近年は省く店が増え、潮州の工夫茶と広東の飲茶にはそもそもありません。蓋の裏を嗅ぐほうは、茶商が客に茶を試させるときに大陸でも台湾でもよくやる仕草です。

音を立てない、顔に出さない

熱くても啜る音を立てず、口に合わなくても眉をひそめません。主人が自分の茶を出している席では、まずい茶は「淡い」「軽い」と言うのが礼儀です。潮汕の俚語に「喝茶皺眉(かっちゃしゅうび)、嫌茶厭主(けんちゃえんしゅ)」、眉をひそめるのは主人を嫌うこと、というものがあり、自分の茶で客をもてなす土地ならどこでも通じる感覚です。

主人がすること

七分目まで注ぐ

杯には七分目までしか注ぎません。「茶満欺人、酒満敬人」、茶をなみなみと注ぐのは客をないがしろにすること、酒を満たすのは客を敬うこと、という言い回しがあります。残り三分に香りをためる、三分は人情を残す、とも説明されます。潮汕の俚語から全国に広まった言い回しで、これは本当にどこでもやっています。小さく熱い杯は満杯にすると持てないので、教わらなくても自然に七分目になります。

客から先に、時計回りに

茶は客から先に注ぎ、主人は最後に自分の杯に注ぎます。客が複数なら年長者や遠来の客から、あとは時計回りです。茶海(ちゃかい)を使わず茶壺から直接注ぐ潮州式では、杯を並べて順に注ぎ回り(関公巡城(かんこうじゅんじょう))、最後の一滴まで均等に落として(韓信点兵(かんしんてんぺい))、どの杯も同じ濃さにします。

客から先に、年長者から先に、は潮汕の「先尊後卑(せんそんこうひ)、先老後少(せんろうこうしょう)」で、どこでも通じます。関公巡城と韓信点兵は潮州の家庭の手つきに後から付いた名前で、茶海を使う台湾式や大陸の茶藝では注ぎ分けは茶海がやってくれるので、この手つき自体が要りません。

壺の口を人に向けない

卓に置いた茶壺や茶海の注ぎ口を客のほうに向けません。注ぎ口を人に向けるのは「出て行ってほしい」の合図とも言われ、同じ理由で客の正面に水盂(建水・渣方)(すいう(けんすい・さほう))(捨て湯の器)を置きません。潮汕の家庭の習慣で、大陸でも台湾でも日本でも教えます。

空の杯を放っておかない

客の杯が空いたらすぐ注ぎ足し、冷めた茶が残っていれば水盂に捨ててから注ぎ直します。客が叩手礼を返してきたら、頷く程度で十分です。潮汕では逆に、主人が茶葉を替えず薄い茶を注ぎ続けるのが「暗逐賓客(あんちくひんきゃく)」、そろそろ帰ってほしいの合図とされます。

新しい客が来たら茶葉を替える

途中で新しい客が加わったら、飲みかけの茶葉で続けず、新しい茶葉で淹れ直します。出がらしで迎えるのは失礼とされます。潮汕の俚語「新客換茶」そのもので、潮汕と広東の家庭では今も守られてるようです。

自分の杯

主人が自分専用の主人杯(しゅじんはい)を使う習慣がありますが、客の杯より明らかに高価なものや大きなものは客に気を使わせます。聞かれたら由来を短く話し、聞かれなければ触れないのが品がよいとされます。主人杯は2010年代に大陸で広まった流行で、広東の飲茶や潮州の家庭にはなく、台湾や日本でも茶器好きの間で見かける程度です。

結局どうすればいいか

日本で「茶の作法」と聞いて思い浮かべるのは茶道です。席に入る順番、正客の役目、茶碗を回す向き、道具の拝見の仕方、亭主がどちらの手で何を取るかまで型が決まっていて、客も亭主も同じ型を学んでいることが前提になっています。だから茶席に招かれると、茶の味より先に「座る場所はここでいいのか」「茶碗はどう持つのか」が気になって、味が分からなくなる人がいます。

中国茶の席には、この意味での型がありません。理由は歴史にあります。日本の茶道のもとになったのは宋代の禅寺で行われていた点茶の儀式で、粉にした茶を茶筅で点てて一つの碗を回し飲みする作法が、鎌倉時代に日本に伝わって茶の湯になりました。ところが中国本土では、明の洪武帝が1391年に固形の団茶を廃止して以降、茶葉に湯を注ぐだけの泡茶に切り替わり、点茶の儀式はそのまま忘れられました。岡倉天心は1906年の『茶の本』で、後世の中国人にとって茶は「美味な飲料ではあるが理想ではない」ものになり、日本でこそ茶は「生の術に関する宗教」になった、と書いています。天心はそれを惜しんだのですが、裏返せば、中国では茶が儀式から離れて、うまい飲み物として日常に残ったということです。

気軽に臨んで大丈夫

中国茶の席に招かれたときに覚えておくことは、実はほとんどありません。座って、注いでもらって、熱いうちに飲み、うまければうまいと言う。杯が空いたら元の場所に戻す。それだけで席は回ります。叩手礼を知っていれば広東の主人は喜びますし、知らなくても何も言われません。三口で飲んでも一口で飲んでも、茶の味は変わりません。

この記事に書いた作法は、席の主人がどこの流れを汲んでいるかを読み解くための豆知識であって、客が守らなければならない規則ではありません。中国茶は、日本の茶道のように作法を通して精神を鍛えるものではなく、うまい茶をうまいと言い合うためのものです。気軽に臨んで大丈夫です。

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