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コラム淹れ方

洗茶はなぜするのか、どの茶でするのか

最初の湯を捨てる「洗茶」は、汚れを落とすためではなく、葉を温めてほぐし、1煎目から香りを立たせるための手順。明代の茶書に始まる名前の由来から、する茶としない茶の見分け方、そして「結局は好み」で決めてよい理由まで。

蓋碗に茶葉を入れ、湯を注ぎ、飲まずにすぐ捨てる。中国茶を習い始めると必ず出てくるこの手順が洗茶(せんちゃ)です。「洗う」という字のせいで、汚れや農薬を落とすためだと思われがちですが、それは主な目的ではありません。この記事では、なぜこの手順があるのか、どの茶でするのか、そして「しなくてもよい」と言える理由を順に見ていきます。

名前は明代の「本当に洗っていた」時代から

洗茶という言葉は古く、(みん)代の茶書にすでに見えます。銭椿年(せんちんねん)の『茶譜(ちゃふ)』(1541年以前)は、茶を煎じる前に熱湯で葉を洗い、塵垢(じんこう)と「冷気」を取り去ると美味しくなる、と書いています。許次紓(きょじじょ)の『茶疏(ちゃそ)』(1597年)にはさらに具体的で、岕茶(かいちゃ)は山の砂が葉に付いているので、半沸の湯で洗い、手で絞って乾かし、別の器に入れて使う、しかもこの作業は人任せにせず自分でやれ、とあります。

つまり、洗茶はもともと文字どおり砂や埃を落とす作業でした。散茶(さんちゃ)を火にかけて飲む明代の作法の中で生まれた言葉が、そのまま現代の工夫茶に受け継がれた、というのが名前の由来です。

広東省潮州(ちょうしゅう)には「頭冲脚惜(とうちゅうきゃくせき)、二冲茶葉」という俗語があります。1煎目は足を洗った水、2煎目が茶だ、という意味で、昔は茶葉を足で揉んでいたから1煎目は捨てた、という言い伝えとともに語られます。由来話としてはよくできていますが、いまの潮州で1煎目を捨てるのは、次に述べる実用上の理由によるものです。

いまの目的は「洗う」ではなく「起こす」

現代の洗茶の目的は、三つにまとめられます。

  1. 葉をほぐして開かせる鉄観音(てっかんのん)や台湾の高山茶のように固く丸めた茶、普洱生茶(ぷーあるしょうちゃ)餅茶(へいちゃ)のように固めた茶は、乾いたまま湯を注いでも表面しか湿りません。一度湯を通すと葉がふやけ、1煎目から中まで湯が届きます。
  2. 葉と器の温度を上げる。沸騰した湯でも、蓋碗に注いだ時点で温度は下がり、冷たい葉に触れてさらに下がります。あらかじめ葉を温めておけば、1煎目を高い温度で淹れられ、香りがはっきり立ちます。
  3. 短時間抽出の準備をする工夫茶(こうふちゃ)は高温で数秒から十数秒で注ぎ出す淹れ方です。乾いた葉に数秒では味が出ないので、洗茶で湿らせておくことが、短く淹れるための下準備になります。

言い換えると、洗茶は「成分を捨てる」手順ではなく、「成分を出しやすくする」手順です。だからこそ時間は短く、湯を注いだらほとんど間を置かずに捨てます。長く置くと、最初に溶け出す旨味を捨てることになるからです。

農薬については、中国農業科学院茶葉研究所の陳宗懋(ちんそうぼう)が繰り返し説明しているとおり、茶に使われる農薬の多くは脂溶性で、そもそも茶湯に溶け出しにくい性質です。湯を一度通したくらいでは落ちませんし、落ちるほど水に溶けやすい農薬なら、2煎目以降にも溶け出しています。洗茶を安全対策として考えるのは筋が違う、というのが中国の専門家の一般的な見方です。

呼び方が目的を教えてくれる

中国では、この手順を洗茶とは呼ばず、潤茶(じゅんちゃ)温潤泡(おんじゅんほう)と呼ぶ人が増えています。「洗う」ではなく「潤す」「温める」という字を当てることで、目的を正しく伝えようという意図です。潮州工夫茶の所作でも、茶葉に湯を注いでから蓋で泡を払う一連の動きを潤茶と呼びます。台湾でも高山茶を淹れるときに温潤泡という言葉が使われ、その湯で杯を温めるのが定番です。

もうひとつ醒茶(せいちゃ)という言葉があります。これは「目覚めさせる」の意味で、長く保存した茶を淹れる前に袋から出して空気に触れさせることまで含みます。湯を通す洗茶と、時間をかけて空気に触れさせる醒茶は、目的は近いものの別の手順として扱われることが多いです。

する茶、しない茶の見分け方

判断の目安は、葉が「固く締まっているか、細かく柔らかいか」です。

洗茶をする人が多い洗茶をしない人が多い
球状に丸めた烏龍茶(鉄観音、凍頂烏龍(とうちょううーろん)、高山茶)緑茶全般(龍井(ろんじん)碧螺春(へきらしゅん))
緊圧茶(普洱の餅茶・沱茶(だちゃ)磚茶(せんちゃ))芽だけの茶(白毫銀針(はくごうぎんしん)金駿眉(きんしゅんび))
焙煎の強い大紅袍(だいこうほう)などの岩茶、老茶香りの繊細な清香型(せいこうがた)の烏龍茶
長く保存して香りが眠っている茶揉捻が強く、1煎目からよく出る紅茶

細かく柔らかい葉の茶は、最初の湯で旨味の中心であるアミノ酸の大半が溶け出します。そういう茶で洗茶をすると、いちばん美味しい1煎目を捨てることになります。逆に固く締まった茶や古い茶は、洗茶をしないと1煎目が薄く、香りも眠ったままです。緑茶をガラスのコップで淹れるときに洗茶をしないのは、この理由によります。

結局は好みで決めてよい

ここまで理屈を並べましたが、中国でも「洗茶はするべきか」は結論の出ない話題で、同じ茶でもする人としない人がいます。する派は香りが立ち、煎が安定すると言い、しない派は1煎目が一番うまいのに捨てるのは惜しいと言います。どちらも正しく、どちらを取るかは飲む人の好みです。

面白いのは、洗茶が「するかしないか」だけでなく、味を作る手段にもなることです。たとえば白茶は殺青の工程がなく葉の酵素が生きているため、沸騰した湯でごく短く2回ほど洗茶すると酵素が止まり、その後の香りが柑橘や花の方向に変わる、という観察があります。洗茶を1回にするか2回にするか、湯温をどうするかで、同じ茶から違う香りを引き出せるわけです。

迷ったら、一度だけ試してみるのがいちばんです。同じ茶を、洗茶をして淹れた場合と、しないで1煎目をそのまま飲んだ場合で比べる。固く締まった茶なら洗茶をしたほうが1煎目からはっきり出ますし、細かい茶なら洗茶をしない1煎目の甘さに気づくはずです。そのうえで、自分がどちらを好むかを決めればよく、決めたあとも茶によって変えてかまいません。洗茶は守るべき作法ではなく、道具のひとつです。

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